赤牛崎(あかばざき)【源平合戦古戦場】牛塚神社に行こう!

赤牛崎(あかばざき)【源平合戦古戦場】に行こう!

さぬきじん
さぬきじん

今回の源平合戦古戦場の紹介は屋島のふもとにある「赤牛崎」です。

「あかうしざき」と読みそうですが、「あかばざき」です。

「赤牛崎」読み方が確かにおかしい

「赤牛崎」と書いて「あかばざき」と読むのはおかしいと思いませんか?

本来、「牛」という漢字の読みは、ギュウ(ギウ)、ゴ、うしの3つか4つです。「バ」とは読まないです。

「牛」を「バ」と読むのはおかしいですね。

これが「赤馬崎」であれば「あかばざき」と読めますが。

本当は赤い馬だったのではないでしょうか???という疑惑も湧きますが、昔のことなので分かりません。

赤牛崎の由来・どういうところ?

赤牛崎の由来・どういうところ?

屋島のふもとにあります。三叉路になっているところに説明看板が立っています。

お寺とか石碑などがないので史跡とは呼べないですね。

赤牛崎の由来・どういうところ?

▲右側の道を真っ直ぐ行くと四国村、わら家(うどん店)に辿り着きます。

左側に見えているのが相引川です。

赤牛崎の由来

赤牛崎(あかばざき)【源平合戦古戦場】に行こう!

説明文を読んでみましょう!

寿永4年(1185)2月、屋島源平合戦のおり、源氏軍は瓜生が丘に陣を構えました。当時、屋島は海に囲まれた島であったため、容易にわたることが出来ませんでした。
しかし、たまたま高松方面(高松町)から赤牛が渡れるということ聞いて(夜中に赤牛の角の部分に松明《たいまつ》を付けて渡ったともいわれている)浅瀬があることを知った義経は、後藤兵衛父子ら源氏軍30余騎に海を渡らせ屋島に上陸!平家軍の陣営に攻め寄ることが出来たと伝えられれることから、この地に赤牛崎の名が残っています。

★要約するとココは昔、赤牛のような背の低い動物が屋島にわたるくらいの浅瀬の海であって、それを知った義経が、この地から舟を使わずに馬を使って、平氏軍のいる屋島に上陸を指揮したということですね。

赤牛崎は「史跡」ではなく「このあたり」という感じですね。

実際にはココが赤牛崎だ!

赤牛崎 本物

▲お分かりいただけるだろうか?右下に「赤牛崎」の石柱が建っています!

史跡になってるじゃん!「赤牛崎」あるじゃん!

さぬきじん
さぬきじん

あの「赤牛崎」立て看板は何だったんだ。。。

牛塚神社(牛森神社)

さきほどの「赤牛崎」の石柱は「牛塚神社」にあるんです!

牛塚神社と赤牛崎周辺マップ

さぬきじん
さぬきじん

それでは牛塚神社に行ってみましょう!

赤牛崎の立て看板から古高松駅の方(東)に向かって歩くと左手側(屋島が見える方)に、コインランドリーがあります。

赤牛崎コインランドリー

▲コインランドリー

このコインランドリーの右側に奥に伸びる道があります!ココをまっすぐ進みます!

たまに上の地図を見てね☆

牛塚神社までの行く道

▲屋島が見えます!屋島に向かって突き進みます!

突き当りに白いガードレールとカーブミラーがあります。この右わきに用水路みたいな細い川と並行して続いている小道があるの分かりますか?

ここを通っていきます!自転車もきつい!左から回ってもいけるようですが、そんなに道幅は広くありません。

牛塚神社までの行く道

坂を上って、左側に見えているのが牛塚神社です。

赤牛崎 本物

▲到着!ココでようやく牛塚神社に到着です♪「赤牛崎」と書かれています。

牛塚神社の鳥居と社

▲少し控えめな大きさの牛塚神社の鳥居です。奥に木の扉が見えるのが社殿です。

牛塚神社の由来

牛塚神社(赤牛崎)の石碑

▲牛塚神社の由来について書かれた石碑が階段手前の左手側にあります。

牛塚神社(赤牛崎)の石碑

▲牛塚神社(赤牛崎)の石碑(由来記載)

牛塚神社の由来

源平合戦の語り草として伝承、この戦いは寿永四年(1185年)源義経の屋島攻めの一説。

相引川では当時「川」ではなく、「相引の浅瀬」であった。

義経は平家の陣があった屋島に渡る浅瀬を探していた所、高松村より赤牛が瀬を渡る様子を見た義経の家臣、後藤兵衛実基が義経に進言、深夜に牛の角に松明をつけて眼前の瀬を渡らせ、その後を追って義経は騎馬軍勢を進め「瀬の渡り」を敢行して屋島に攻め入った。

このことが、牛塚神社創建の「いわれ」と牛への感謝となっている。

神社庁への登記は「牛森神社」

この後に歌が詠まれています。

歳月人を待たづ 風雪時をきらはず

この「祠」何時の日 誰の手で 今 此処ににあるや

知る人絶えていく歳 行く先 先を如何せん

里人の思いは厚く歴史を築くか

牛塚神社(赤牛崎)の牛の石像

▲少し赤みがかった石で出来た牛の石像!狛犬のような感じです。

やはり「馬」ではなく「牛」だったんですね。

牛塚神社の天井

▲牛塚神社の天井

2012年5月ころに改築して新しくなった際に地元の子供たちが描いた絵を貼ったそうです。地元愛のある社殿になっていて素敵です。

赤牛崎は電車で古戦場巡りをしている方に最適

赤牛崎に行くには、ことでん古高松駅が便利

赤牛崎の辺りは道が細いので、車は停めにくいです。県外から来た場合は、すれ違いにも気を使うと思います。

なのでココに来るには、「ことでん志度線」を使うといいです。高松方面から電車に乗って「ことでん屋島駅」の次の駅が「古高松駅」です。

奥に見えるのが屋島です。やしまは屋根のような形で有名ですが。

御山公園からの眺め(屋島)

▲こんな感じですね。古高松駅から見えているのは右端の部分です。

古高松駅から見える屋島は先っぽの部分ですね。機関車やトーマスで例えると顔の部分が見えています。

ことでん古高松駅

ことでん古高松駅

ことでん古高松駅

ここからだと直進50mで相引川にあたります。そこを左に曲がって100m足らずで「赤牛崎」に辿り着きます。近い!曲がらずにまっすぐ行くと牛塚神社に着きます。

赤牛公園

赤牛公園

▲赤牛公園入口

お遍路さんにやさしい。気軽に立ち寄ってくださいね。という感じですね。

赤牛公園

▲赤牛公園に入ってみました!広い!奥行きが長い!

ブランコや滑り台、多数のベンチが設置されていました。手前の建物がおトイレです。

赤牛公園の大きな木

▲赤牛公園の中央には大きな木が立っていました!

少し休憩して公園を出ました☆

さらに北に進むと相引川に差し掛かります。

赤牛橋

赤牛橋

▲赤牛橋

このあたりは「赤牛」の名前がたくさんあります。

この橋を渡って左に曲がって進むとすぐに赤牛崎の看板に出会えます♪

赤牛崎の近くの源平合戦古戦場には何がある?

赤牛崎から西に延びる細道を行けば、四国村や屋島神社、屋島スカイウェイ入り口がある場所に行きつきます。

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この近くにある源平合戦古戦場の史跡は先ほどの「赤牛崎神社」と南にある「義経鞍掛松」くらいです。

▼義経鞍掛松。ドラッグストア「ひまわり」の横にあります。

義経鞍掛松(よしつねくらかけまつ)【源平古戦場】に行ってみよう

ココから東に行けば合戦の主戦場がありますので、そこにはたんまり史跡があります。

源平合戦古戦場史跡を観光するならココをご覧ください。

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源平合戦古戦場 赤牛崎 マップ

〒761-0111 香川県高松市屋島東町1665−3

 

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