六萬寺【源平合戦古戦場 牟礼】に行く!(源氏ヶ峰、田井城址)

六萬寺を訪れる理由

六萬寺を訪れる理由

ここ六萬寺は、源平合戦の折に屋島の行宮ができるまで安徳天皇の行在所(あんざいしょ)となったお寺とされています。

▼安徳天皇社について

安徳天皇社 遠景 屋島東側【源平合戦古戦場】史跡巡り(菊王丸の墓・安徳天皇社・佐藤継信の墓碑)

由緒あるお寺で、昔は大きい寺院であったと伝えられています。長い歴史の中で何度も戦火・失火で焼け、現在はひっそりとたたずんでいます。

源平合戦でのゆかりの品が多く残されていて、源平合戦古戦場を旅する方にとっては、はずせない史跡です!

ことでん六万寺駅から行く

それではここからは六萬寺まで行く方法を解説したいと思います。

徒歩、サイクリングで六萬寺を目指す場合は、ここから行くのが無難な方法です。ことでんの駅名は「六万寺」になっていますが、お寺の方の漢字は「六萬寺」です。

ことでん 六万寺駅(琴平電鉄)

六万寺駅

ことでん 六万寺駅(琴平電鉄)

六万寺駅は左側に見えています。道路右側に自転車置き場がありますが、その奥に左折できる道があります。そこをまっすぐ行きます!

六萬寺までの道のり

ことでん六万寺駅から六万寺までの道のり

ことでん六万寺駅から六萬寺までの道のり!先ほどの自転車置き場のところから真っ直ぐ、北東に向かって進みます。ひたすら直進です。そうすると坂道になり、上記のような場所に遭遇します!

自販機が並んだ小さなお店(閉店)です。

六萬寺の看板が見えます

もう少し寄ってみると、お店の建物の側面に六萬寺の看板が見えます。

ココを超えます!

六萬寺への道標石柱

そうすると、左手側に六萬寺を案内している道標石柱を発見できます。

ココを右折して、道なりに、まっすぐ行くとお寺に辿り着きます。

六萬寺前

六萬寺前に到着です!源平合戦古戦場の石柱も建っています。

平家ゆかりの六萬寺

六万寺【源平合戦古戦場 牟礼】

階段をあがると六萬寺が見えます♪お庭は手入れされていて、とてもキレイです。

平家が屋島に陣を取り、屋島の御所ができるまでの間、安徳天皇は、三種の神器と共に翌年まで御行在所として六萬寺に留まったとされています。

平家ゆかりの品が所蔵されている

六萬寺の茶室には平清盛公の三男宗盛が寄進した「六地蔵灯篭」や「菊王丸の長刀」、平家の公達が残した書簡などが所蔵されています。

六萬寺の案内説明板

六萬寺について

寺記によれば、天平年間、全国に伝染病が流行し、多数の死者を出したので、聖武天皇は、行基菩薩に命じてこの地に一寺を建立し、お祈りさせたところ忽ち伝染病は消滅したという。
その後有志により六万躯の小仏像を安置して六万寺と称したと伝えられています。また牟礼、大町附近に42の支院を持ち寿永2年源平合戦の時、安徳天皇の行在所となった由緒ある寺であるといわれています。
しかし中世兵火のため焼失したがその後復興された。
現在の建物は、延宝6年再興されたものであるといわれています。

六萬寺アクセス・マップ

住所:〒761-0121香川県高松市牟礼町牟礼1450番地

 

ことでん六万寺駅から約650メートル。時間にして徒歩で10分くらいです。

御朱印帳への印の受付時間は、8:30~17:00です。詳しくはホームページで確認してくださいませ。

六萬寺HP

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源氏ヶ峰

六萬寺からみえる源氏ヶ峰

源氏ヶ峰
中央右寄りのこんもりとした丘のようなところ

▲中央左寄りのふもとに見えるのが六萬寺です。

源氏ヶ峰
高松北高校からみた源氏ヶ峰

田井城址

先ほどの高松北高校前の道を南に下ると田井城址が左手側に見えます。

田井城址
牟礼ゴルフセンターが目印です
田井城址

天文年中(1532年から1555年)に中村氏宗がこの田井城に移って
牟礼町大町を領していたが、天正8年(1580年、いわゆる本能寺の変の2年前ですね)に火災に
あい、氏宗の子、宗卜は八栗に新城を築いて
同9年に移る。

西南に蓮池を控え、北及び東から北西に、
外濠を巡らした丘陵地で、中央が高く周囲
がやや低くなっている。
里人は城山という。

牟礼町教育委員会
田井城址

牟礼ゴルフセンターさんに向かって坂を上がり、左手側に見えます。

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