さぬきじん
今回の源平合戦古戦場史跡巡りでは、牟礼町の菜切地蔵を紹介します!
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菜切地蔵(なぎりじぞう)への行き方
菜切地蔵は、神櫛王墓南方の丘の上にあります。
長刀の泉からまっすぐ南に行きます。途中、JRの踏切をひとつ越えます。さらに進むと、突き当りに案内像が立っています。
上の画像の案内像が見えたら右に歩き始めます。
しばらく行くと。というよりすぐ右手に自治会の建物が見えます。最初はここかな?と思うのですが違います。
もう少し、歩くと少し坂になっています。この坂を上りきったところの右側を見るとお堂が見えます。Uターンするような感じになります。目印はのぼり旗が立っています。
敷地内には滑り台があります。これも場所の確証になります。
菜切地蔵とは
弁慶が地蔵の背中をまな板がわりにして大長刀で菜を切ったと伝えている。
その言い伝えが今もなお残っているのが菜切地蔵の由来です。
今はお堂が建てられていてその中に安置されています。
地蔵堂の中央正面に地蔵菩薩の石彫、右側に室町時代以後と考えられる五輪塔の変形的なもの、左側に十一面観音の石彫が安置されています。
中央と左側の像は最近の作であり、地元の人たちは右側の石塔を地蔵と呼んでいます。
『全讃史』は、「武蔵坊弁慶石地蔵の背に長刀を以って菜を切り汁となして義経に奉る。時に義経『弁慶がこしらえし菜は武蔵坊』。弁慶はこれにこたえ『それを知りつつ九郎判官』」と記している。
「菜切り」は、この辺一帯の集落名の由来にもなっており、お堂の下には菜切公民館があります。
お堂の手前にも石像があります。
菜切地蔵 交通・アクセス
「菜切地蔵堂」JR古高松南駅より徒歩10分くらい